UEFA EURO2016フランス大会の開催を1年後に控え、先週UEFAとFFF(フランスサッカー協会)の合弁会社『EURO2016 SAS』が大会における社会的責任と持続可能性(サステナビリティ)に関する事前レポートを発表しました。スポーツイベントの社会的責任を考えるお手本とも言えるそのレポートの内容をご紹介していきます。
そもそもUEFAがこのレポートを作成し始めたのは、2008年オーストリア・スイス大会からだそうです。このときGlobal Reporting Initiative (GRI)というサステナビリティに関して権威ある団体のガイドラインを基に作成されました。大会ごとに内容はアップデートされていますが、その主旨は各大会が社会的・経済的・環境的に社会に与えるインパクトを試算し、考慮した上で掲げられた社会的責任に関するコミットメントです。EURO2016においても『サステナビリティ』は招致活動の段階から重要視されていたコンセプトのひとつだったようで、スポーツのメガイベントも大企業がCSRに取り組むのと同じように、社会に対する配慮をしながら活動しなければならないという強い意志が感じられます。
EURO2016の事前レポートでは、その社会的責任を4つのセクションに分け、それぞれに対する具体的な施策や評価基準も交えながら解説しています。
【1】Governance(大会統治)
UEFAとFFFによる組織委員会、スタジアムを管理する開催都市など大会運営に関わるセクターが高潔性を守ること。またグッズ販売でのサプライチェーンにおけるフェアトレードなどに関する意識。
【2】Setting the Stage(環境整備)
試合が行われる10スタジアムに関して、交通、電力、水道、ゴミという観点から各スタジアムの環境への配慮に対する評価基準の照合。
【3】Tournament(試合)
試合当日の交通手段に対する啓蒙やファンとの関わり、障害者など社会的弱者のアクセシビリティー。また反人種差別の団体との恊働など。
【4】Behind the Scene(舞台裏)
多様なバックグラウンドを持つ人材の組織委員会への登用。スタジアム内での禁煙、1日20分のエクササイズなど健康的なライフスタイルの推奨など。
レポートの中では、12億6600万ユーロ(約1700億円)という経済効果の試算もされている一方で、イベントに関わる全てのステークホルダーがそれぞれの立場でEURO2016が直面する社会課題やサステナビリティに対して起こすべきアクションを講じているのが特徴的です。EURO 2016の会長を努めるJaques Lambert氏は、公開されたレポートの中で健康増進や人種差別の撤廃、環境への配慮などに関する8つの優先項目を表明していて、各項目に対する評価方法についても詳しく記されています。
①Respect Your Health – Tobacco-free(大会中の禁煙)
②Respect Diversity – Anti-discrimination(人種差別の撤廃)
③Respect Access for All – Total football, total access!(社会的弱者のアクセス)
④Respect Fan Culture – Fan embassies(ファン文化の配慮)
⑤Respect the Environment(交通手段によるCO2削減)
⑥Respect the Environment(スタジアムでのゴミの軽減)
⑦Respect the Environment(再生可能エネルギーの使用と電力と水の節約)
⑧Respect the Environment(責任ある製品とサービスの提供)
また、重要なステークホルダーであるファンに対する理解を深めるため、15の項目を挙げた『Sustainability Tips and Tricks』というパンフレットも配布されています。EURO2016を通して、環境への取り組みや生活習慣に関する社会課題を自分ゴトにするための仕組みですね。
間違いなく、EURO 2016は我々の環境や社会に関する意識を高める機会になるだろう。主要スポーツイベントには人々を結集する大きな力があり、教育効果も大きいはずだ。個人的には、人の自覚を促す上でも、スポーツは重要な役割を果たせると考えている。そして本日も、我々はEURO 2016を通じた教育の機会を得ている。- Tony Estanguet (IOC委員)
サステナビリティ=持続可能な社会をつくるために「スポーツが社会を変える」と言うのは大げさかもしれませんが、少しずつ「スポーツを通して人々の意識」を変えることは現実的にも感じます。EURO2016の取り組みでは、大会を通して人々の意識を変えて、結果的に持続可能な社会をつくるきっかけにするのがひとつのゴールになっているようです。
さて、EURO2016はわかりやすい事例ですが、メガスポーツイベントではこうした社会的責任に対する取り組みの重要性が高まってきているようです。実際、昨年行われたFIFAワールドカップ・ブラジル大会でもその社会的インパクトを考慮し、史上初めてISO26000に則ったCSR活動を行ったそうです。こちらもサステナビリティ・レポートが発表されていて、環境、チャリティ、社会的弱者へのチケット優待など様々な取り組みが行われています。
“FIFA World Cup™ organisers underline sustainability efforts and detail 2014 legacy plans” FIFA.com 2015/01/20
EURO2016が掲げる社会的責任とサステナビリティというところから、FIFAワールドカップブラジル大会の事例からも、大会を通して遺すべきモノ・コトすなわちレガシーに繋がるということを改めて感じます。こうしたことに配慮していくことがメガスポーツイベントにも必須となってきます。もちろんオリンピック・パラリンピックもしかり。
日本ではまさに新国立競技場のプランが白紙に戻りましたが、これは『持続可能な社会を作るために東京オリンピック・パラリンピックが何を遺すことが出来るのか?』をもう一度考え直す最後のチャンスだと思います。社会から求められているのは、箱もののレガシーだけではなく、『2020年以降の人々の生活の中に何を遺して行けるか』ということであるのは明白です。どうせお金をかけるのであれば、(2019年ラグビーW杯はどうなるか不明ですが)2020年のイベントを単体で考えるのではなく、未来の東京の都市設計の中で調和して行くような機能を果たしてほしいと思います。